歯科治療に関わる法律についてまとめました。歯科医療に関わる者と利用する患者様との間で法的に適切な関係を保つことが、長期に渡り、継続的に良い歯科治療を提供できるポイントだと考えております。当院では同意書の作成は必要な場合行い、カルテ作成は毎回の診療ごとに行っております。法的な内容を意識しなくても問題はありませんが、興味がありましたらご覧ください。当院では下記の内容を主に考慮して、必要時対応しております。
治療の説明について
医療契約
医療契約は医療の性質上、準委任契約(民法656条、643条)と解釈されています。歯科医師は、患者様に医療を提供するにあたって、善管注意義務(民法644条)を負います。患者トラブルの多い保険外診療、外科、歯内療法に関しては、説明の内容が証拠として残る必要十分な内容の同意書を活用することが有用です。しかし、適切なリスク説明を行なったからといって、法的な責任を負わなくても良いというわけではありません。現れたリスク(例:麻痺)が、適切な治療(例:下顎智歯抜歯)を行っていても回避できなかった偶発的なものなのか、診断や手技に問題があって発生したものなのかによって大きく変わってきます。診断や手技上の落ち度によってリスクが発生し、患者様に損害を与えた場合には、たとえ適切な説明を行なっていたとしても、法的責任を問われる可能性があります。
医療契約状の主な法的注意義務
医学的に適切な医療行為を提供する義務・説明義務・問診義務・検査義務・研鑽義務・転送義務・転医指示義務・医療記録などの開示義務
患者説明におけるポイント
ゴールの明示・リスク・選択肢・費用・治療期間
説明すべきリスク
頻度が高いリスク・重症度の高いリスク
裁判所の事実認定
裁判所は、訴えた側(原告)と訴えられた側(被告)から提出された『言い分』とその言い分に裏付けられる客観的な『証拠』から、どのような事実があったかどうかを判断し、その事実を法律に当てはめて、原告の請求が認められるかを判断します。したがって、仮に『言い分』通りの事実が真実であったとしても、『証拠』がなかった場合には、裁判官が真実とは異なる事実を認定することもあります。『証拠』はカルテ記載と同意書になります。日本の民事裁判は、どのような事実があったかや証拠をどのように評価するかについて、裁判官の自由な選択に委ねる自由心証主義を採用しています。
選択肢の提示
『抜歯は身体に対する不可逆的な侵襲的行為であるから、抜歯の適応が認められる場合であっても、患者に対し、抜歯と比較可能な程度に、歯を保存する治療法を実施した場合の利害損失、予後などについて説明すべき義務』があります(東京地裁平成26年3月27日判決)。裁判官が『その患者様に選択肢を示していれば、抜歯以外の方法を選択していた可能性が非常に高かったのではないか』との心象を持たれた場合には、説明義務違反として損害賠償責任を負う可能性があります。
カルテの記載・同意書作成の重要性
カルテの真実性が担保されている(東京高裁昭和56年9月24日判決)ので、カルテは歯科医院を守ってくれる力強い『証拠』であると言えます。治療内容によっては、適切な契約書・説明書・同意書を活用することや有用です。
必要に応じて録音・録画も
外科処置の際など、治療時に動画撮影をしている場合には、その際の音声なども証拠として大きな役割を果たすこともある。また、説明時の録音や防犯カメラの録画データから、水掛け論のトラブルが解決することもあります。そのため、必要に応じて、録音や録画も併用して、実際のやり取りを真実に近い形で残しておくことも有用です。
患者の自己決定権
患者様の『自己決定権』は憲法上保障された権利として尊重すべき者であります(憲法13条)。たとえ医療機関側が良い医療を提供したと思っていたとしても、患者さんの意思に反した者である場合には、患者様の自己決定権を侵害する医療行為にあたり、人格権侵害として損害培養責任を負う可能性があります。
医療同意
医療行為は、人の健康の維持、回復、促進に寄与する一方で、外径的には人体へ危害を加える面を持ち合わせているので、形式的には傷害罪(刑法204条)などの犯罪行為として違法行為となる可能性があります。
医療行為の適法性要件
①医学的適応性
医学的適応性があり、治療目的を有していること。
②医療技術の正当性
医療技術が現代医療の見地から妥当な者であること。
③患者の同意
患者本人の同意があること。
患者の自己診断への対応
患者様が、医療水準に満たない内容や、歯科医師自身が不合理で不適切であると考える内容の医療行為を希望する場合には、自らの考えを変えて患者様の言うとおりの医療を提供する義務まではありません(最高裁平成13年11月27日判決)。どうしても患者様が応急的な処置のみを希望する場合には、十分にリスクを説明し、その説明内容をしっかりと記録化(カルテ記載・同意書の取得など)することは必須です。
応召義務
患者利益の保護の観点から、患者様から診察の希望があった場合には、原則として診療拒否できないとしたものが『応召義務』になります(歯科医師法19条1項)。しかし、全てのケースで診療拒否できないと、かえって適切な医療を提供できずに『国民の健康な生活を確保する』ことができなくなる場合もあり得るので、『正当な事由』がある場合には、診療拒否できるとされています(歯科医師法19条1項)。患者様の希望する治療が適切な治療であるとは限らず、かえって患者様の健康を害する可能性もあります。歯科医師は、医学的に適切な医療行為を行うという枠内で広範な裁量を持っているため、歯科医師が不合理で不適切であると考える内容の医療行為を患者様が希望したとしても、自身の考えを変えてまで患者様の指示通りの医療を提供する義務はありません。基本的には、患者様と真摯に向き合って接しつつも、ケースによっては、別の医療機関への転医を促すなど、抱え込みすぎないことが大切であります。それでもしつこく迷惑行為などを行うようであれば、速やかに警察や弁護士に相談するのも有用であります。
診療しないことが正当な事由
①患者の迷惑行為:患者様が『怒鳴る』、『脅す』、『暴力を振るう』、『不当に居座る』など、過度な迷惑行為と認められるような言動がある場合には、信頼関係が構築できないので、診療拒否は正当化されます。
②医療費の不払い:医療費の不払いだけを理由とする診療拒否は正当化されません。ただし、支払能力があるにもかかわらず悪意を持ってあえて支払わない場合など(例:特別の理由なく保険診療の自己負担分の未払いが重なっている場合など)では、診療拒否が正当化されます。
③他の医療機関の紹介・転院など:地域全体で患者ごとに適正な医療を提供する観点から、病状に応じて適切な医療機関を紹介、転院させることは、原則として正当化されます。
④差別的な取扱い:患者の年齢・性別、人種・国籍・宗教などのみを理由とする診療拒否は正当化されません。だたし、言語が通じない、宗教上の理由などにより結果として診療行為そのものが著しく困難であるといった事情が認められる場合には、診療拒否が正当化されることもあります。
⑤発熱患者:患者が発熱や上記同症状を有していることのみを理由とする診療拒否は正当化されません。ただし、制度上、特定の医療機関で対応すべき感染症の疑いがある患者については、診療拒否が正当化されることもあるが、適切な医療機関などを紹介・受診勧奨を行う必要があります。
応召義務違反
応召義務違反の程度や態度によっては、歯科医師としての『品位を損するような行為』(歯科医師法7条1項)として、行政処分の対象となる可能性もあります。診療時間、勤務時間内であるか否か、緊急対応の要否(病状の深刻度)などが判断材料とされます。
認知症への対応
契約を結ぶためには、本人に意思能力(契約内容を理解し、契約を締結するとどのような結果となるのかを判断できる能力)が必要です。そのため、意思能力を持たない人が行った契約は無効となります(民法3条の2)。また、同意能力(自己決定権に基づく権利として、医療を受けることを決める権利)を持たない患者様患者様の同意は無効です。そのため、同意能力のない患者様の同意が得られても診療行為は違法となります。意思能力や同異能録画不十分もしくは欠如しているケースが少なくない認知症が疑われる患者様と治療契約を結んだり、同意を得ていたりしても、無効になる可能性があります。そのため、診察時には十分なコミュニケーションをとりながら、全身状態について聞き取りを行いつつ、必要に応じて認知機能テストを行うなど、本人に判断能力があるか否かを確認することが重要です。患者様との会話の中で少しでも判断能力に疑問を感じたと場合には、ご家族にお話(本人の状況や成年後見制度利用の有無など)を聞いたり、かかりつけ医などに情報提供を求めたりするなど、本人関する情報を集めてから、本人のみの意思に基づいて診療を行うべきかを判断します。場合によっては、歯科治療の前に医科でしっかりと診察してもらうよう、本人やご家族に促した方が良いです。本人の判断能力が疑わしい場合、本人とともに、ご家族や成年後見人、施設スタッフなどには、本人に代わって医療に同意する法的な権限はありません。そのため、家族などの同意があれば絶対に大丈夫とはいえませんが、本人のために最善の治療法を考える立場や関係にあるご家族などが、医師の説明を聞いて同意した場合には、現実的に大きなトラブルとなることは少ないと考えて良いです。なお、家族間に対立がある場合には、一部のご家族の意向のみで治療を進めたところ、家族間トラブルに巻き込まれてしまったということもあるので、特に高額な治療や重要な治療を行う場合には、可能な限り、ご家族全員の意向を確認した方が良いです。
成年後見制度
ある人の判断能力が精神上の障害によって不十分な場合に、その人を法律的に保護し支えるための制度です。
①任意後見制度
将来、判断能力が不十分となった場合に備え、『誰に』『どのような支援をしてもらうか』をあらかじめ契約により決めておく制度です。
②法定後見制度
家庭裁判所に審判の申し立てを行い、家庭裁判所によって、本人の判断能力に応じて(全くない・著しく不十分・不十分)援助者として成年後見人・保佐人・補助人を選ぶ制度(援助者の種類に応じて、それぞれ権限が異なる)があります。
キャンセル料の請求
キャンセル料請求を禁止する法律がない以上、契約自由の原則から、患者様との間で事前合意があれば、可能です。ただし、いくつか注意点があります。
1.自費診療のみ:保険診療にはキャンセル料という概念がないので、キャンセル料を請求できるのは自費診療のみとなります。
2.書面での合意:トラブルになった場合には、『言った』、『言わない』の水掛け論になります。そのため、契約書や同意書に盛り込むなど、必ず書面化すべきです。
3.妥当なキャンセル料:法外なキャンセル料を要求することは、たとえ患者様と合意したとしても、消費者契約法9条1号によって、一部無効となる可能性があるので、注意が必要です。『○円以上が無効である』という明確な規定があるわけではないが、法律上は『平均的な損害の額』と記載されているので、その診療に携わる時間給分、実費、1時間あたりの診療報酬の平均などを勘案して、算出するのも一つの方法です。キャンセル料が自費診療の再診療程度であれば、問題になることはないと思いますが、キャンセル料をある程度の高い設定にする場合には、患者様に納得していただくために、根拠を持って説明できるように準備すべきです。
4.キャンセル料発生のタイミング:診療費までの日数によってキャンセル料の割合を変えるのかについても検討する必要があります。例えば、予約した後はすべて100%のキャンセル料がかかるという形だと、消費者契約法上無効となる可能性がある。キャンセル料発生のタイミングや割合については、機会損失と実損という要因を勘案して、決定すれば良いです。
5.キャンセル理由を考慮する:院長の判断ではあるが、患者様の事情を考えた場合には、災害や病気などキャンセル理由を考慮する形で、運用するのが望ましいです。
下記の文書をご確認ください。
返金について
返金要求のほとんどは、純粋な『返金』要求(民法703条:不当利益返還請求)ではなく、『医療ミスをされてこんなことになってしまった。』などと、医療機関側の不法行為(民法709条)や債務不履行(民法415条)を根拠とするものであるので、『返金』という名の損害賠償請求であるといえます。そのため、通常の治療費以上の損害(後医の治療費、慰謝料、休業損害など)が生じている場合には、治療費の返金だけでは済まない場合も出てきます。
実際返金する時の注意点
単に治療費を返金しただけでは、お互いの法律関係は終わっていない可能性が出てくる。つまり『返金してもらったけど、他の損害分はまだもらっていない』という理屈が通用する可能性が出てきてしまいます。そのため、患者様に返金して法律関係を終わらせるためには、明示的に『精算』することが必須となります。具体的には、患者様に返金する際には、最低限精算条項(今回の返金以外にお互い精算すべきものはないこと)などを含めた合意書を交わすと良いです。
返金合意書の必要な内容
診療対象範囲の特定(『インプラント治療』など)・支払いの情報(金額・支払期日・支払方法)・口外禁止事項(第三者に口外しないこと)・精算条項(今回の合意以外に、お互い請求すべきものがないこと)
返金トラブルの予防
医療水準に適う治療を行うことは当然であるが、ちょっとしたコミュニケーションの不満から治療中断の申し出や返金要求がなされることも少なくないので、余裕を持ったコミュニケーションに努めるように心がけます。また、患者様の不満が患者様の記憶違いによるものであることも少なくありません。適切な契約書・説明書・同意書などの存在は、記憶違いがあっても、後日患者様自身で実際に合意した内容を確認することができるので、無用なトラブルを防ぐことができます。そのため、可能な限りお互いの認識のズレを生じさせないためにも、適切な説明を行うとともに、必要十分な契約書・説明書・同意書を交わすことがトラブルの予防にはとても有用です。
治療費未払い
未収金回収の流れ
任意交渉→回収
↓支払いなし
仮差押→回収
↓支払いなし
裁判手続→回収
↓支払いなし
強制執行→回収
↓財産不明 財産なし
回収不能
下記の文書をご確認ください。
未収金回収
患者様は、受けた医療サービスに対する費用を支払う必要がありますが、いろいろな理由をつけて支払いを拒むケースもあります。歯科医院としては、支払ってもらうために相手に催促することになるが、ちゃんと払ってくれるとは限りません。保険診療の場合、それほど大きな金額になることは少ないかもしれませんが、仮に未払いがあっても、多くは保険者から治療費の7割分が入ってくるので、経営的な影響は少ないです。しかし、一部負担金を受領しなければ、保険医療機関及び保険医療養担当規則違反になるので、注意が必要です。また、保険外診療の場合には、経営に大きな影響を及ぼすこともあります。
未収金回収を裁判手続によって回収を試みる方法は、時間的労力や費用的な負担を考えると費用対効果は落ちるし、場合によっては費用倒れになる可能性もあるので、可能な限り、任意での回収を試みた方が良いです。
診療報酬請求権の消滅時効
歯科医員の患者様に対する診療報酬請求権の消滅時効は、診療報酬請求権の発生時期が、2020年3月31日以前であれば3年、民法改正された2020年4月1日以降であれば5年となります。いつ診療報酬請求権が発生したかで、患者様に請求できる猶予期間が変わってきます。請求書を送り続けても、相手が無視し続けるなど治療費の未払いの存在を認めなければ時効はとまりません。時効を止めるためには、患者様と連絡を取って、患者様自身に治療費の未払いがあることを認めてもらって(承認)新たに事項をスタートさせるか(更新)、内容証明郵便を受け取ってもらったり裁判をしたりして、時効完成前に時効を止める(時効の完成猶予)などの諸手続きを行う必要があります。
応召義務
歯科医師は、患者様からの診察治療の求めがあった場合、『正当な事由』がなければ、拒否できません(歯科医師法19条1項)。そして、治療費の未払いだけでは、『正当な事由』に当たらないとして拒否できないとされています。しかし、支払い能力があるのにも関わらず悪意を持ってあえて支払わない場合などには、拒否できるとされています(医政発1225第4号令和元年12月25日)。たとえば、特別の理由もなく保険診療の自己負担分の未払いが重なっている場合には、悪意のある未払いであることが推定され、拒否可能な場合もあります。
カルテ開示
患者様の医療記録の管理者のものでも、医療記録の内容は患者様の個人情報であるので、患者様からの開示(閲覧・コピーの交付)を求められた際には、原則としてその要求に応じる義務があります(個人情報の保護に関する法律28条、診療情報の提供等に関する指針)。しかし、すぐに開示しなければならない義務まではありません。医療機関は、普段は診療業務を行なっています。患者様からの医療記録の要求に対応することは、普段の診療業務とは異なる業務なので、時間も手間もかかるので、開示に至るまで相応の時間を要することが自然です。そのため、患者様からの開示請求があっても、その場ですぐに開示する義務はありません。
開示手続き
1.申請書を出してもらう
医療記録を要求する人(原則患者様本人)から『診療情報等開示請求申請書』を提出してもらうなど、各医療機関の管理者が定めた方式で行います。なお、医療情報はプライバシー性の高い個人情報なので、患者本人以外のものが開示請求する場合には、申請者の身分証明書とともに委任状や同意書の提出を求めます。
2.開示まで相応の期間待ってもらっても良い。
申請書に記載されている医療記録を、申請者の開示希望方法(閲覧もしくはコピーの交付)にしたがって準備します。患者様が閲覧を希望する場合には、閲覧日程の調整を行い、コピーの交付を希望される場合には作成に要する機関の目安を伝えます。コピーを交付する場合、通常は1週間程度で渡すことが多いが、模型のレプリカなど、業者などに複製を発注する場合には、さらに時間がかかることが多いため、その点は患者様に事前にお知らせする形になります。
3.無料で行う義務なし
医療記録の開示を無料で行う義務はなく、開示に要する費用は、閲覧・コピーの交付とともに、法律上、実費を勘案して合理的であると認められる範囲内の額を徴収できます(個人情報の保護に関する法律33条、診療情報の提供等に関する指針など)。そのため、各医療機関にて事前に医療記録の開示に関する費用を決め、開示請求があった場合には、開示にかかる費用を申請者に伝えます。なお、診療録などの情報提供に関する事項は広告可能な事項にもなっているので(医療法6条の5第3項12号)、開示方法や開示費用についてホームページなどに掲載することも可能です。
下記の文書をご覧ください。
損害賠償責任
歯科医師は、患者様との『診療契約に伴う付随義務あるいは診療を実施する医師として負担すべき信義則上の義務』として、原則として『カルテ開示をすべき義務を負う』とされています(東京地裁H23年1月27日判決)。また『医師などは、診療契約上の報告義務の一環として、少なくとも患者が請求した場合には』『特段の事情がない限り、患者に対して医療行為の内容、経過、結果などについて説明及び報告すべき義務(顛末報告義務)を負っている』ため、『患者が診療録等の診療記録の開示を求めた場合には、患者の自己情報コントロール権を尊重する観点からも、医師等は、そのような方法により説明及び報告することが求められている』とされています(福岡地裁平成23年12月20日判決)。そのため、歯科医師には診療契約上、診療録等の開示義務があり、これを怠った場合には、損害賠償責任(慰謝料の支払い義務)を負う可能性があります。
是正勧告・命令・公表・罰則
開示拒否を行うと、個人情報保護委員会による是正勧告・命令・公表がなされる場合があり(個人情報保護法145条)、個人には1年以下の懲役または100万円以下の罰金(同法173条)、法人には1億円以下の罰金に処せられる可能性もあります(同法179条1項)。
裁判所の執行官による証拠保全
カルテ開示を拒否した場合、カルテなどの改ざんや隠蔽を行う可能性があるとして、患者様側が裁判所に申立てを行い、証拠保全手続がなされる可能性があります。通常は、何の前触れもなく、ある日突然、裁判所の執行官が証拠保全決定書を持って歯科医院を訪れ、その1~2時間後に証拠保全が行われます。証拠保全には裁判官、裁判所書記官、患者側の弁護士などが来て、指定した医療記録をその場でコピーするなどして行われることが一般的です。しかも、『診療録は、もし医師の診療が適正に行われているならば、そのことを証明する最良の証拠となるはず』であって『それを医師自らが証拠とすることを妨害するのは、診療に不適正な点があったとの認定に結びつく記載が診療録中に存在していたのではないかとの疑いを招くに足りる行為』(東京地裁H6年3月30日判決)になります。また、『診療録の記載内容は、それが後日改変されたと認められる特段の事情がない限り』『その真実性が担保されている』(東京高裁S56年9月24日判決)ため、開示拒否は『後日改変』を疑わせる行為として、カルテの真実性が認められない可能性があります。カルテ開示を拒否することによって、のちの医療裁判で裁判所に悪い心証を持たれて、歯科医院側に不利な認定がなされる可能性があります。さらには、不適切な歯科医院の対応がネット上で広まる可能性があります。
患者トラブル・カスタマーハラスメント
待ち時間へのクレーム
診療時間はある程度想定できるとはいえ、場合によっては長くなったり、短くなったりすることもあるので、医療契約上必ず守らなければならないというものではありません。診療時間が長くなることは『患者様の具合が急に悪くなる』、『抜歯で手間取る』など、日々の診療で想定されているものです。患者様としても、他の患者様の診療も含めて、診療時間が長引いて自分の診療時間が遅くなることは想定できるであろうし、受診後に大きな仕事が入っているのであれば、事前に受診時間か仕事の時間を変更することもできたはずです。そう考えると、契約自由の原則から、例えば、歯科医院が患者様と事前に『〇〇の治療を必ず○時までに終わらせる』というような特別な約束をしていない限り、今回のようなケースでは医療契約の違反にはならないので、歯科医院側が法的に何らかの責任を問われることはありません。
待ち時間への対応
『あそこはいつも待たせるし、対応も良くない』となれば、信頼を失って、既存の患者様がどんどん離れてしまうばかりか、悪評が広がって、新刊からも敬遠される可能性が出てきます。そのため、予約時間あくまでも目安に過ぎず、診療時間を保証するものではないことを予約を取る際に説明するとともに、そのことをホームページや院内に明示した方が良いです。予定外の状況から、待ち時間が長引きそうな場合には、お待たせする可能性が高いことやその理由、予想される待ち時間などを早い段階で患者様にお伝えすることも効果的です。患者様の人生の一部である貴重な時間をいただいているという意識を持って、誠意ある対応を心がけるべきです。
クレームは、医院運営を改善したり、患者様との信頼関係を強くするきっかけになることも少なくありませんが、泥ぬかして医院運営が崩壊することもあるし、過度な精神的負担を強いられることによって、院長やスタッフの心身を害することもあるなど、捉え方や対応によっては、クレームはプラスにもマイナスにも働きます。
クレーム内容の整理
相手が捉えている問題点や相手の要求に対して、担当医や対応したスタッフ、医療記録、防犯カメラなどから事実関係を確認して、相手の言い分との整合性を検討し、根拠のある言い分かどうかを検証していきます。相手の言い分に根拠がありそうな場合、その要求が妥当なものなのか、もしくは過度なものなのかを検討します。一方で、根拠のない言い分であると考えられる場合には、基本的には相手の要求に応じる必要はありません。
患者要求の整理・検証事項
①医療行為/非医療行為
②根拠あり/根拠なし
③妥当/不当・過度
クレーム対応
1.初期対応
相手の言い分をしっかりと聴き、可能な限り、冷静な対応に努めることが重要です。相手の要求には断定できること以外は即答せず、後日回答を行う旨を伝えます。特に金銭的な要求を受けた場合、『歯科医師は医療の専門家であって、保証の専門家ではないため、後日、補償の専門家と協議して対応する』ことを伝え、速やかに弁護士とコンタクトを取ります。謝罪の可否については、単に感情的なトラブルも少なくなく、謝罪によってクレームが鎮静化することも多いため、誠心誠意対応する中で、ミスを認める主旨ではなく、クレームに対する共感表明として謝罪することは有効です。また、都度、院内での情報共有を行いながら、対応の統一化を図ります。相手が大声を出したり、暴力を振るうなどの行為に出たりした際には、速やかに警察に連絡します。事前に警察に相談しておくと、スムーズに対応してくれやすくなります。
2.客観的な事実を裏付ける資料の収集
院内に防犯カメラの設置・やりとりしたチャットやメールの内容を残しておく・診療録を含めた医療記録の充実かやお互いのやり取りの保全・録音も有効
3.話し合いの方法
・クレームは、直接向き合うことで解決する場合が多いので、直接対応することを基本線と考えます。
・お互いの感情のもつれ、勘違い、被害者意識などから、全く聞き耳を持たないようなケースでは、かえって拗(こじ)らせてしまう上に、かなりの精神的負担を強いられるため、水掛け論の回避や事案全体の客観視のためにも、書面での対応や第三者の介入を検討した方が良いです。
話し合いの方法
患者トラブルの状況把握と事実関係の確認を行いつつ、できるだけ傾聴を心がけて、口頭での話し合いに努めたい。話し合いの際には、詳細なメモを取るだけではなく、録音も有効です。録音することで、話をする際に冷静さを保ちやすくなるし、『言った』『言わない』の水掛け論を予防する効果もあります。なお、相手の了承を得ない録音であっても、民事裁判では証拠として認められる。そのため、話し合いの際に、録音すると言わずに録音しても差し支えありません。また、患者様側も無断で録音していることが多く、任意交渉や裁判で、患者様側から音声データが提出されることもあります。したがって、患者様との話し合いは、基本的には全て録音されていることを前提に行った方が良いです。相手に録音について伝えることで、暴言などを防ぐ効果もあるので、状況に応じて使い分けても良いです。患者様側から暴言や暴力があった場合に備えて、速やかかつ適切に対応できるように、可能な限り複数名で対応します。座席の配置は、机を隔てて、歯科医院側の人間は部屋の出入口側に座るように話し合いの場を設定すると良いです。患者様のご自宅など、患者様が設定する場所に赴くことは、医院での話し合いよりもリスクを伴うので、さらなる注意が必要です。
電話での対応方法
耳からの情報しかなく、電話口でヒートアップするケースも少なくないです。とくにスタッフが電話口で怒鳴られるケースもあるので、水掛け論を防止する上でも、スタッフを守るためにも、通話録音できる仕組みを導入した方が良いです。また、『電話応対の品質向上のために、この通話を録音させていただいております。予めご了承ください』などの事前通話録音告知の仕組みを取り入れることで、電話口での暴言に対する抑止力の効果も期待できる(おかしな営業電話も激減する)ため、通話録音に加えて、事前通話録音告知の仕組みも検討すべきです。
話し合いでは難しいケース
お互いの感情のもつれが強いケースや、勘違いや被害者意識が強く、患者様側が全く聞く耳を持たないようなケースでは、口頭での話し合いではかえってトラブルを拗らせかねません。歯科医院側に過度な時間的・精神的負担もかかってくるので、そのような場合には、可能なかぎり書面での対応(弁護士による対応を含む)をとった方が良いです。書面での対応は、必要以上の感情を挟まずに問題点が整理されるし、水掛け論になるようなお互いの認識違いを回避できます。また、必要に応じて根拠資料を添付して書面上でお互いの言い分を主張し合うことで、事案全体を客観視できるし、適切な解決を見込むことが期待できます。また、書面での対応は、その対応経緯が見える化されるので、第三者への相談したり説明したりしやすい面がある一方、書面は自動的に証拠として形が残ります。そのため、口頭での交渉以上に表現や内容に気をつけて作成する必要があるので、少なくとも専門家のチェックを受けながら書面のやりとりを行った方が安心です。
民事裁判について
放置すると負けが確定
医療機関が患者様から訴えられると、裁判所から訴状などの関係書類が送られてきますが、その中には、第一回口頭弁論期日(最初に裁判を行う日)と答弁書(被告側[訴えられた側]の初回の反論書面)の提出期限が記載された書類が同封されています。一般的に、答弁書提出期限は口頭弁論期日の1週間程度前に設定されていますが、期限に遅れた問いしてもペナルティはありません。しかし、答弁書を提出せず、口頭弁論期日にも出頭しないと、裁判所は法律上、原告の主張する事実が正しい事実であると認定してしまいます(擬制自白)。そのため、裁判所は原告の主張だけを前提に判決を出すため(いわゆる欠席判決)、多くのケースで原告が勝訴します。
裁判所に出向かなくてはならない
原則として、当事者本人が全ての手続きを行うので、裁判所にも出向く必要があります。ただし、弁護士に依頼した場合は、全て弁護士が行うため、基本的に依頼者が裁判所に出向いたり、書面を作成したりする必要はありません。なお、ケースによっては裁判手続きの終盤に、裁判所で本人から直接話を伺う手続き(証人尋問・当事者尋問)があるため、1日だけ裁判所に出向く必要がある場合があります。
判決と和解の違い
裁判の終わり方はいくつかあるが、主に『判決』と『和解』があります。判決は裁判で審議を尽くして裁判所の判断を仰ぐものですが、判決に至るまでにはかなりの時間(2021年平均26.7ヶ月)がかかるうえ、尋問手続きのために必ず1回は裁判所に出向かなければなりません。また、判決は公開されるため、不都合な内容があった場合には、その事実も公開されることなどの特徴があります。一方で和解は、お互いが歩み寄って成立した一定の合意(通常は被告が原告に対して、一定の金額を支払う合意)を裁判所で書面化するものですが、判決に至るまで喉の段階でも和解を成立させることが可能なので、尋問前に和解が成立した場合には、裁判所に1回も出向かずに済みます。また、和解調書も公開されないため、和解内容が世に出回ることがないという特徴があります。医療裁判では、和解で終了するケースが多くなっています(2021年52.5%)。訴えられた際には、速やかに歯科事案に精通した弁護士に相談するように心がけます。
患者のスタッフへのハラスメントへの対応
安全配慮義務
スタッフの使用者である院長は労働契約に特別の規定がなくとも、労働契約上の付随義務として、スタッフの身体や生命など(心身の健康を含む)を保護し、安全に業務に従事できるように必要なは医療をする義務(安全配慮義務)があります(労働契約法5条)。そのため、院長が何の対策も講じず、また、適切な対応をしないので、スタッフが患者様の迷惑行為によって精神疾患に罹患したり、怪我を負わされるなどの何らかの被害を被った場合には、安全配慮義務違反として、スタッフに対して損害賠償責任を負う可能性があります。したがって、スタッフへの迷惑行為を行う患者様に対しては、積極的な対応が求められます。院長は、安全配慮義務を果たす上で、他の患者様やスタッフからの信頼維持という観点からも必要に応じて警察や弁護士とも連携をとりながら、患者様からの迷惑行為を予防する仕組みづくりを行い、もし迷惑行為があった場合には迅速かつ適切に対応できるよう準備すべきです。
防犯カメラの活用
患者様によるセクハラ行為も、歯科医師によるセクハラ行為も、特に診療スペースが個室(密室)になっているクリニックで多く発生しています。そして、密室でセクハラ行為があった場合には、他人の目がないため証拠がなく、被害者が泣き寝入りするケースもあるようです。一方で、セクハラをしていないのに『院長からセクハラを受けた』などと、濡れ衣を着せられるケースもある。以前、治療中に患者様に猥褻な行為をして逮捕された歯科医師もいましたが、このような事態を回避し、働きやすい環境を整備する上でも、防犯カメラの活用は非常に有用である。また、防犯カメラによって『証拠』があると、患者様の迷惑行為に対して、民事及び刑事責任を問うことも可能になります。実際、防犯カメラを設置していたことによって、院長の濡れ衣を晴らすことができたり、セクハラ行為をしていないと言っていた患者様のセクハラ言動が記録されていて、歯科医院が守られたケースは数多くあります。なお、言葉の暴力ついての証拠化や『言った』『言わない』の水掛け論を防止する観点から、設置する防犯カメラは映像のみではなく、音もしっかりと記録できるものが望ましいです。ただし、防犯カメラは、一定期間保存したのち、新たに録画する際には上書き保存するものが多いので、実際必要となった時には消えてしまっていることも少なくありません。防犯カメラの設置目的を考えて、録画データの保存方法や保存期間を再確認すべきです。
医療器具の破損
原則責任を問える
法律上、故意(わざと)または過失(落ち度あり)によって、他人に損害を与えた場合には、その損害を賠償しなければなりません(民法709条)。したがって、患者様が歯科医院の機器などを壊した場合には、その患者様本人が損害賠償責任を負うのが原則です。
責任能力の問題
法律上、自己の行為の責任を弁識する能力(責任弁識能力)を欠く場合には責任を負わない(責任能力なし)とされています(民法713条)。なお、未成年者も、責任弁識能力がなければ本人は責任を負わない(民法712条)とされていて、年齢的には12歳程度と言われています。
監督責任
責任能力を持たない人が第三社に損害を与えた場合、その責任無能力者を監督する法廷の義務を負う者(保護者など)や監督義務者に代わって監督する者(学校の先生など)が賠償責任を負うとされています(民法714条)。診療契約に基づき、患者様の監督を引き受けている医療機関も監督義務者に代わって監督する者といえます。
現実的には困難
準委任契約と解釈されている診療契約では、善管注意義務を負う民法656条、民法644条)、歯科医院は、患者様の状態を的確に把握し、最適の環境を整えて治療を行う義務があります。保護者があえて本人の病状を隠すなどして、歯科医院側は患者様の状態把握ができなかったような特別な場合でない限り、その対策を怠ったということで、診療契約に付随する注意義務違反が認められる可能性が高いです。患者様側に落ち度があったとしても、歯科医院側にも落ち度があるとして、その落ち度の度合いによっては、歯科医院側の請求が認められない可能性があります(過失相殺[民法418条、722条2項])。現実的に患者様に弁償を求めた場合には、その事実がネット上に拡散して、かえって歯科医院の信用を害してしまう可能性もあるので、得策ではありません。むしろ、例えば患者様に怪我があった場合には、『歯科医院のせいで怪我をさせられた』、『適切な対応をしてくれなかった』などとしか医院側の注意義務違反が問われ、歯科医院側が損害賠償責任を負う可能性もあります。
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引用
これらの文章は『小畑 真の歯科事件簿 患者・治療編(デンタルダイヤモンド社)』と仙台弁護士会の紛争解決支援センターのHPから引用・改訂しています。