認知症が食に与える影響

現在、65歳以上の約16%が認知症であると推計されていますが、80歳代の後半であれば男性の35%、女性の44%、95歳を過ぎると男性の51%、女性の84%が認知症であることが報告されています。認知症にはアルツハイマー型認知症、血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症があります。アルツハイマー型認知症は、食べる動きの障害が生じます。まだらな認知機障害が生じる血管性認知症は、病気が起こった時が一番悪い状態で、自然回復していき嚥下機能(飲み込み)も訓練により改善します。パーキンソン病に似たレビー小体型認知症は誤嚥(飲み違え)を始めとする摂食嚥下障害が生じます。前頭側頭型認知症では、過食や窒息が問題となります。

ブルーバックス新しい人体の教科書より引用

認知症の型 摂食・嚥下障害の特徴 食事介助
□アルツハイマー型(頭頂葉と海馬を含む側頭葉) 時期によって障害が変化します。

初期:実行機能障害 記憶障害

中期:失認、視空間性障害、失行、注意障害

後期:開口障害、口腔顔面失行、嚥下失行

後期になるまで重篤な摂食嚥下障害は出現しにくいです。環境調節が中心となります。記憶や実行機能を補助する介助(介助ヘルパーの導入など)、食べ慣れた食事の提供、注意障害に対する環境の整備を行います。
□レビー小体型

(後頭葉)

認知症に伴うパーキンソン病を含みます。

変動する認知機能、注意障害。視空間性障害を認めます。幻視による摂食動作の中断があります。パーキンソンニズムを伴うことが多いです。 認知機能の変動:投薬治療による症状の変化を観察しながら、食事に適した生活リズムを探します。

視覚認知障害:食器、食物の配置にも注意を払います。

パーキンソンニズム:摂食姿勢の調節を行います。

 

□前頭側頭型(前頭・側頭葉) 常同的食行動、甘いものへの好みの変化、食欲の増加、過食、抑制障害、実行機能障害、注意障害を認めます。 早食いによる窒息リスクを防止します。小さいスプーンや小分けした食器での配色。ミキサー状の食物形態での提供をします。
□脳血管性

脳の損傷部位によって応じて異なります。

後遺症として、視空間性障害、失認、失語、失行を認めます。錐体路・錐体外路損傷による運動障害や開口障害による口腔期以降の障害が現れます。 出現している認知機能障害の特徴に応じて様々な食事介助を組み合わせて対応します。
嚥下誘発手技の名称と目的または適応 実施方法
□アイスマッサージ 冷圧刺激

嚥下誘発を目的とします。

介助者がアイス棒で舌の奥や、上あごの奥の粘膜に沿って左右方向へ数回触れる。最初手前から軽く触れ、反応を見て、徐々に圧を高めていきます。アイス棒を口の外に出し、つばを飲み込ませます。
□K―point刺激法

嚥下誘発を目的とします。

偽性球麻痺患者が適応となります。 摂食中に動きが停止する方や、開口障害がなく送り込みや嚥下反射が起こりにくい方が対象です。

介助者が親知らずのあたりのやや後方の内側を軽く触わり、圧力をかけて刺激します。口腔ケアの後、綿棒などを用いて行います。食物が口腔内に残った状態で動きが止まったら、アイス棒やスプーンで刺激することもあります。

アイスマッサージ

K-point刺激法

用語の解説

失認:何かを認識できません。
視空間性障害:物の位置や空間関係を認識できません。
失行:指示や意識があるのに、体の動きを計画・実行できません。
開口障害:口が開きません。
口腔顔面失行:口や顔の筋肉をうまく動かせません。
嚥下失行:安全に飲み込む動作がうまくできません。
実行機能障害:計画を立てたり、問題を解決したり、注意を持続したりすることができません。
幻視:実際に存在しない物がみえます。
パーキンソンニズム:手や体が震える、筋肉が硬くなるといった運動障害です。パーキンソン病に似た症状を言います。
錐体路:意識的な動作を調節する神経経路です。延髄を経由します。
錐体外路:無意識的な運動や反射、筋肉の緊張、姿勢の維持などを調節する神経経路です。大脳基底核を経由します。

認知機能障害の種類 摂食嚥下障害の特徴 食事介助の方法
失認

何かを認識できなません。

視空間性障害

物の位置や空間関係を認識できません。

視覚失認・触覚失認:食物や食器の認識ができません。

視空間性障害:半側視空間無視などの空間性認知障害があります。食物や食器の位置がわからりません。または、どこに置いたらよいかわかりません。

姿勢の調整、食器の工夫、言葉がけを行います。物に手掛かりとなる印をつけます。手を持って誘導します。無視側に対し、多様なフィードバックをします。触覚、味覚、食感、温度を変化させた刺激を入れます。
観念運動失行

正しい動作の方法や手順がわかりません。

観念失行

物の使い方や動作の手順がわかりません。

食器など道具の使い方がわからない、うまく使えない。 食器を整理し、単純化し、使用する順に並べます。食具の工夫を行います。
口腔顔面失行

口や顔の筋肉をうまく動かせません。

嚥下失行

安全に飲み込む動作がうまくできません。

食物を口腔内に取り込み、咀嚼し、喉に送り込むといった随意動作がうまくできません。 保たれている咽頭期の機能を活用し、代償的にシリンジやノズル付きボトルを用いて、舌根部に直接食塊を少量ずつ送り込みます。

開口障害:K-point刺激法を行います。

舌の運動障害:小スプーンで奥舌に食塊を置きます。

実行機能障害

計画を立てたり、問題を解決したり、注意を持続したりすることができません。

注意障害:食事の中断や食事中の立ち去りがあります。

抑制障害:早食いになります。

常同的食行動:同じものばかり作り、食べるといった食行動が出現します。口の中に食べ物を溜め込んで飲み込みません。咽頭への送り込み動作の開始が困難になります。食物の好みが変化します。異食などの社会的に認められない食事動作が現れます。

注意障害:食事に集中できるような刺激の少ない環境を整えます。

抑制障害:小さいスプーンを用い、介助者の誘導によって摂食ペースを調整します。

常同的食行動:一品ごと一皿に分けて出すなどの配食方法を工夫します。口腔内へ溜め込み、

嚥下の開始困難:嚥下誘発手技を用います。

ノズル付きボトル

周辺症状の種類 異常な食行動の特徴
興奮性、多動

落ち着きのなさ

座っていられない 集中できない 必要エネルギー量が増大する
攻撃性 食事介助を嫌がる・拒否する 自ら食べることを拒否する 食事介助者に食物を投げつけたり、殴りかかったりする
うつ病 食思(欲)不振や拒食とそれに関連した体重の減少 食事動作が遅く食事時間が長くなる
妄想 食物に毒が入っているというような妄想で拒食
幻覚 幻視、幻聴で食事に集中できない

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認知症の食事介助について

認知症であるかどうかの判断

認知症であるかどうかは医師の診断が必要となりますが、認知機のテスト(改訂長谷川簡易知能評価(HDS-R)HDS-R 8 資料)を行い、判断能力があるかどうか確認できます。ご家族にお話を聞いたり、かかりつけ医に話を伺ったり、成年後見制度を利用されているかも伺います。

認知症の方への歯科治療

歯科治療が認知症の方に対して、どのように日常生活の改善に関わることができるかを説明していきます。

口腔機能低下症(オーラルフレイル)予防食生活指導・歯の喪失予防は認知症の重症化予防につながります。

口腔機能低下症の治療は改善トレーニング(機能訓練)や口腔衛生指導を行います。

低栄養は生命予後や日常の動作に大きく関わります。したがって、バランスの良い食事が大事になります。

歯科治療計画を立てる際には、心理的・社会的状況を踏まえた上で、家族の同意を得ることが大事になります。信頼関係を維持し、治療を継続していくことが重要となります。可能な限り通常の歯科治療を検討します。

通常の根面齲蝕(歯の根のむし歯)の治療が難しい場合には、口腔清掃の後に、虫歯の進行抑制目的でサホライド(フッ化ジアンミン銀)を用いることがあります。虫歯のところが黒くなり、粘膜は一時的に白くなります。感染を抑えるため、あるいは、入れ歯やブリッジを作るため、抜歯をすることもあります。

入れ歯は形は同じで材料を新しくするコピー入れ歯を自費で製作することもできます。形が変わらないため、適応しやすいです。新しい入れ歯を作る目安は、洋服を自分で着替えられるかを確認します。

入れ歯は紛失、取り違えを防止するため、名前を入れておくと良いです。当院では新製作した入れ歯には、無料で名前を入れるサービスを行っています。

入れ歯の衛生管理は介護者にお願いすることになります。

食事の介助

視力低下がある場合

白トレーに白い食器、白飯では主食の存在が認識されにくいです。トレー、食器、食物の色彩に配慮し、存在感を出すと良いです。

半側空間無視がある場合

非無視側→正面→無視側と段階的に食物の位置を変更し、徐々に注意が無視側へ向くように環境を調整します。自力摂取で無視側の食物を見落とす場合には、声かけや見える範囲への食器の移動を行います。無視側に意識を向ける訓練をしたい場合には、非無視側の視界を壁やパーテションなどで遮断し、正面あるいは無視側から介助しましょう。

食事停止する場合

スプーンを手渡す方法

適切な一口量をすくい、患者にスプーンを手渡す。まっすぐ口に入るような持たせ方にする。

スプーンを持ったまま手を介助する方法

柄の長いスプーンを使えば、介助者は柄の先端を持って口に入れる介助をすることができます。2本のスプーンを使って口の中の食事を飲みこんでから、次のスプーンを渡すようにするとペースを守れます。

赤ちゃんせんべいを用いる方法

咽頭期の障害が比較的軽い場合は、1かけら唇で取り込ませることで、嚥下反射が誘発されます。

咬む反射による開口障害がある場合

指またはスプーンでK-pointを軽く刺激します。口を開けることが促され、刺激を外すと噛む動きに続き嚥下(飲み込み)反射が誘発されます。

唇を閉じない場合

下顎(あご)の固定と唇を閉じることを介助します。唇に触れたとき吸啜(吸いつく)反射が起こる場合は利用します。食べ物を口腔内に入れたときに上唇を刺激し、吸啜反射で唇を閉じるタイミングで、スプーンを抜きます。

認知症の方とのコミュニケーション

認知症の方にはゆっくり、はっきり、簡潔に話したり、短い文章で伝えることが有効です。言葉で伝わらなければジェスチャーで模倣してもらうと良いです。コップや食具などを手に持たせることで、習慣的行動を誘導しましょう。対応の心得として、驚かせない、自尊心を傷つけない、急がせないこともが重要です。本人に寄り添い、本人の意思を汲み取るよう意識することが重要です。環境に影響されて、本来の機能が発揮できないことがありますので、食事の際には、壁際で一人で食事し、一度に配膳する品数を減らすなど、混乱する情報となるものは減らしましょう。赤色の食具は認知しやすいようです。また、多職種の力を借りましょう。

治療の目標

重度の方の人生の最終段階では、本人の望む少量の食事を口で摂ってもらい、肺炎を予防し、快適な口腔内を保つことを目標とします。