ブラッシングは虫歯や歯周病の予防、歯周病の治療に非常に重要です。虫歯は痛みを感じますが、歯周病は歯を支える骨が溶けてしまう病気で、痛みを伴わずに、気づかずに進行するので注意してください。歯周病の治療においては、ブラッシングがメインであり、歯科医師や歯科衛生士が行う歯石除去や手術や歯の固定などはサブと言えます。
歯と口の細菌や毒性物質(主に内毒素エンドトキシン)が、むし歯が進んで歯根の先から、あるいは歯周病により歯肉から、唾液を飲み込むことで腸から、入り込み、循環器、呼吸器、消化器に広がり、ほぼ全ての臓器に慢性炎症を引き起こし(エンドトキシン血症)、生活習慣病のリスクとなります。新型コロナウイルス感染など緊急時には免疫暴走(サイトカインストーム)、細菌性肺炎、敗血症(感染症による死亡につながる重大な臓器障害)のリスクがあります。したがって、お口の中を良質な口腔常在菌叢に戻し、その状態を保つことが大事です。
上図で示されている病気の他にも、歯周病原細菌が腸内細菌叢に影響を与えること、そのことが、関節リウマチや非アルコール性脂肪疾患、動脈硬化症、癌などを引き起こす要因となっていることが報告されています。
歯周病菌は、喉や舌を保護している粘液の糖タンパク質を溶かす分解酵素(プロテアーゼ)を出すため、ウイルスが受容体に吸着し侵入することを手助けしてしまいます。歯周病の治療が新型コロナウイルスやインフルエンザの予防となることが報告されています。
また、虫歯が進行して生じる根の病気や歯周病が、ウミがたまった膿疱(のうほう)と呼ばれる皮疹が手のひらや足の裏に数多くみられる掌蹠膿疱症(しょうせきのうほうしょう)を作り出す原因となっています。
歯周病があると咀嚼能力(歯で食事する能力)が低下するという報告があります。歯周病の治療、入れ歯やブリッジ、詰め物、冠、インプラントなどの治療が歯で食事する能力を向上させます。咀嚼能力が低下すると、低栄養、糖尿病、メタボリック症候群、肥満、サルコペニア(骨格筋減少症)による骨折や寝たきりなど全身疾患にも影響することが報告されています。
今までの話をまとめた話になりますが、メタボリックドミノのはじめの1枚目が倒されると糖尿病や脳卒中、心不全などのリスクが高まります。虫歯や歯周病は図のようにメタボリックドミノのスタート地点に位置すると言われています。むし歯や歯周病により細菌や毒性物質が血液に入ると、臓器に慢性炎症を引き起こします。また、肥満により脂肪が慢性炎症を引き起こします。慢性炎症が内臓や組織を飛び火し、傷つけ、修復再生不能になり、線維化すると、臓器が機能不全となり、生活習慣病を引き起こします。ブラッシングを中心とした予防歯科、運動、食事、適正体重の維持が慢性炎症を抑え、生活習慣病の発症を予防します。
したがって、定期検診やメインテナンス、虫歯の治療、詰め物や入れ歯などの作りもの治療も大事ですが、日々のブラッシングが最も重要です。そこで、日常のブラッシングの基本的な方法をお知らせしたいと思います。
歯と歯の間の汚れ(プラーク、歯垢)を除く方法の一つにフロスがあります。コンタクト(隣の歯とくっついているところ)を含めた歯全体の汚れがとれ、どの歯と歯の間にも入るので、万能といえます。
まず奥の歯面の汚れをとります。歯面の外側(頬側)に沿わせて2〜3回上下運動、内側(舌側)に沿わせて2〜3回運動します。✖(ばってん)やクロスをイメージして動かしてみてください。


次に手前の歯面を汚れをとります。歯面の外側(頬側)に沿わせて2〜3回上下運動、内側(舌側)に沿わせて2〜3回運動することで汚れが取れます。


弓なりになるくらい横に押し付けると汚れがよりとれます。指先だけだと力が弱いので、上腕の力を使ってください。力が加わり、上下運動でキュッキュッと音がするはずです。少し歯ぐきの中にフロスを入れましょう。歯と歯ぐきの境目の汚れもとれます。詰め物があるところは、引っ掛けて外してしまわないように気をつけて、上下運動しましょう。上の大臼歯(奥歯)は鏡で見えないので、ブラインドの操作になります。一番奥の歯の面をガイドにして、その角度を保ったまま、一つ前の歯と歯の隙間にフロスを入れてみましょう。その要領だとブラインドでもフロスが歯間に入れることができます。
フロスを使わなくなってしまう理由は、主に二つあります。出血することと糸が切れてしまうことです。出血するのは炎症があるからなので、フロスで汚れをとると出血しなくなります。糸がどうしても同じ場所で切れる場合は、詰め物を作り変えて適合をよくしたり、隣の歯とのコンタクトを調整して切れないようにできますので、教えて下さい。
歯と歯の間の汚れを除く方法のもう一つは歯間ブラシです。細いサイズから試してみてください。手前と奥の歯面に沿わせて2〜3回出し入れするように動かして汚れをかき出します。挿入する角度を変えて、✖(ばってん)やクロスをイメージして動かしてみてください。歯間ブラシは大臼歯の根分岐部(根と根の股のところ)にトンネルができているとき(根分岐部病変)の清掃やブリッジの清掃に役立ちます。ブリッジのダミーの歯の底面も細い歯間ブラシであれば汚れを取ることができます。フロスでとれない凹んだ部分の汚れもとることができます。インレー(部分的な詰め物)が取れる心配があるところは、歯間ブラシを使うと良いです。



フロスも歯間ブラシも歯面に沿わせれば、一番後ろの歯の遠心面(奥の面)や孤立した歯や入れ歯と接する歯面の清掃にも使えます。フロスと歯間ブラシどちらが良いということはなく、使いやすい方を用いていただければ良いです。もちろん両方とも使っていただけると良いのは間違いありませんが。。。
その後、歯ブラシを用いたブラッシングを行います。フッ素入りの歯磨剤をつけてください。歯磨剤が原因で歯が磨耗するリスクは非常に少なく、使用する利益の方が大きいです。歯磨剤に配合されている顆粒は、ブラッシングによる清掃性を高めます。グリップはペングリップとパームグリップがあります。ペングリップは力が入りにくため、細かな動きができ、歯ぐきを傷めにくいです。パームグリップは力が入りやすく、簡単にブラッシングできます。まずはパームグリップをお勧めします。


歯ブラシの当て方を説明します。外側(唇頬側)は90度に当てます。内側(舌側)は45度に当てます。歯ブラシの先が歯面にあたっているかをよく確認してください。横に数mm振動させるように磨きます。この磨き方は歯肉へのダメージが少なく、プラークの除去がしやすい特徴があります。毛先がパラパラとしなって汚れを取っているのを必ず確認してください。毛先の弾力を利用できる磨きをしてください。

前歯の裏側は縦磨きで汚れを落とします。縦方向に数mm振動させて磨きます。

一番後ろの歯の遠心面(奥の面)の汚れを落とすには、歯ブラシのヘッドを外側(頬側)から内側(舌側)へまわりこませます。この際少し口を閉じると、頬が緩んでやりやすくなります。内側からまわりこませる方法もあります。

歯が乱れているところや一本ずつ丁寧に磨きたいときには縦磨きが有効です。ストロークは小さくします。外側(唇頬側)は歯ブラシの先端を利用して、内側(舌側)は歯ブラシの最後端(かかと、トウ)を利用してブラッシングすると汚れを取りやすいです。

規則的に歯ブラシを歯面に当て、磨き残しがなくなるように、歯ブラシを当てる順序を決めておくと良いです。この方法を使うと、特定の歯の磨きすぎを避けることもできます。歯を磨きすぎると、歯肉が下がること(歯肉退縮)や知覚過敏が起こる可能性があります。

①裏側(舌面)と一番後ろの歯の遠心面(奥の面) ②外側(唇頬側) ③噛み合わせ(咬合面)
電動ブラシを用いるときは、歯ブラシをあてるだけで良いです。落とせるパワーとあてる時間を決めて(〇秒など)順序良く場所をずらしていきましょう。
上顎大臼歯の外側(頬側)だけプラークが残っている方がいます。口を閉じてブラッシングすると、そこにスペースが生まれて歯ブラシがとどきます。
歯の歯ぐきに近いところだけプラークが残っている方がいます。歯特にエナメル質は硬いので、力強く磨けますが、その分歯ぐき付近は歯ぐきを痛めるのを避けるため、磨かない傾向にあります。歯ぐきの感覚を研ぎ澄ませて、歯ブラシが触っているか感じてください。歯ぐきを触っていればその汚れがとれているはずです。歯ぐきは歯より弱いので、弱めに1日1回磨いてください。やわらかい歯ブラシを用いても良いです。
歯ブラシは毛先が広がったら交換してください、広がらなくても1ヶ月程度で定期的に交換してください。歯ブラシは消毒の必要はありません。よく水洗いして、立てかけて乾燥させて下さい。洗口剤は歯肉炎に対しては、効果があります。
下の前歯は見やすいので、鏡で観察してみてください。プラーク(歯垢、バイオフィルム)がついていないか確認してみてください。歯ぐきの形、色などを観察してみてください。炎症があると、出血したり、腫れたり、赤みが増したりします。歯石がついていることもあります。歯ブラシが上手になると、下の図のような感じになります。

さらに、汚れが落としにくいところに用いる補助器具があります。
ワンタフトブラシは、歯が乱れているところ、低い位置の親知らず(智歯)、入れ歯と接する歯面、孤立した歯、一番後ろの歯の遠心面(奥の面)、矯正装置のブラケットやワイヤーの周囲などの汚れをとるときに使います。



Proxysoftはブリッジのダミーの歯と歯ぐきの境目の汚れをとることに使います。
子供のブラッシングも大人と同じです。歯ブラシとフロスが主体となります。子供の仕上げ磨きは10歳まで行ってあげるのが理想です。
最後に、マウスウォッシュ(洗口液)についての話をします。0.1%以上のグルコン酸クロルヘキシジン、エッセンシャルオイル、セチルピリジニウム塩化物を含む洗口液を1日2回30秒ずつの洗口を毎日行うとバイオフィルム(歯垢、プラーク)の付着を抑える効果と歯肉炎を抑える効果があります。ただし、軽度の歯肉炎の方を対象とした話であり、中等度〜重度の歯肉炎患者に対する効果はエビデンスが不足しています。
有効成分 | グルコン酸
クロルヘキシジン CHG |
セチルピリジニウム
塩化物 CPC |
エッセンシャル
オイル EO |
化学的性質 | 陽イオン性化合物 | 非イオン性化合物 中性
分子量が小さい |
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特徴 | 口腔内への貯留性に優れ、最大12時間まで殺菌効果が持続する | 歯の表面に吸着し、持続的な細菌付着を抑える効果がある | バイオフィルム(歯垢、プラーク)への浸透性に優れる |
副作用 | 4週間の使用で着色
味覚異常 粘膜異常 |
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商品名 | コンクールF | ガムデンタルリンス
モンダミンメディカルケア |
リステリン |
エングラム(記憶痕跡)とプログラム制御と運動について最後に説明します。動作を修正して、トレーニングを行い、無意識に上手にブラッシングできるようにしましょうという話です。
学習時に活性化した特定のニューロンのセットという形で脳のなかに残った物理的な痕跡が「記憶痕跡エングラム」です。学習時に同期活動をしたニューロン間のシナプス伝達は増強するため、これらのニューロン同士は強いシナプス結合で結ばれます。何らかのきっかけでこのニューロン集団に属する一部のニューロンが活動すると、強いシナプス結合で結ばれたニューロン集団全体が活動し、その結果として記憶が想起されます。記憶痕跡の形成には、シナプス可塑性(シナプスの機能変化のこと)が重要な役割を果たしていると考えられています。外界から情報(刺激)を得たときに、脳内ではさまざまな組み合わせのニューロンが活動します。

完全随意的 | ← 半自動運動 → | 不随意的 | |
いろいろな情報をフィードバックしながら動作を修正して運動を行う | 学習によるエングラム(記憶痕跡)の確立
運動をプログラム化して動作をスピードアップ |
不要な反射の消失
有用な反射を運動プログラムの中の一つのパーツとして活用 |
上位中枢による反射のコントロール |
未確認食物の咀嚼
ブラッシング指導・トレーニング フィードバック制御 |
咀嚼(食べること)
日常のブラッシング プログラム制御 |
下顎安静位(上下の歯が数ミリ隙間がある)の保持
姿勢の自動制御 |
吐き気をこらえる
意志による反射抑制 |
手続き記憶(体で覚える技能)は同じ経験を反復することにより形成されます。一旦形成されると自動的に機能し、長期間保たれます。パーキンソン病など大脳基底核疾患・小脳疾患では手続き記憶が障害されます。補足運動野も関係しているという報告もあります。ブラッシングのやり方を変更するときには、繰り返し練習が必要になるかもしれませんが、身につけたら、自動的にできるようになります。